「親と子の成長を通じて、日本の家族制度がどう崩壊するかを描いてみたんだ。ぼくの映画の中ではメロドラマの傾向が一番強い作品です。」(キネマ旬報1960年12月増刊号)

これは、小津安二郎監督が、「東京物語」(昭和28年(1953年))について語った唯一の言葉だと言われています。この映画についてはいろいろな見方がありますが、やはり、「日本の家族制度の崩壊」が中心的なテーマであったことは疑いを容れません。ここでいう「日本の家族制度」が「イエ」を指していることは言うまでもありませんが、その崩壊の原因・過程はなかなか複雑です。

まず、「都市化」は、丸山先生が指摘したように、「個人の析出」、すなわち「イエ」の崩壊の大きな契機となります。従って、この映画が「都市化による家族の崩壊」を描いたものであるという指摘(梶村啓二「「東京物語」と小津安二郎」p112~など)は正しく、そのことは、登場人物の経歴や職業などから明らかとなります。

長男:平山幸一(山村聰)は、大学進学と同時に尾道の実家を離れ、(おそらく勤務医を経て)現在は自宅で開業医を営んでいます。長女:金子志げ(杉村春子)も同じく上京し、(おそらく見習いを経て)自宅で美容院を開業しています。また、次男:平山昌二も、上京後、丸の内でサラリーマンとして働いていましたが、出征して戦地で亡くなりました。他方、三男:敬三(大坂志郎)は、大阪で国鉄に勤務しています。結局、実家に残って両親(父:平山周吉(笠智衆)、母:とみ(東山千榮子))と一緒に暮らすのは、小学校教員で独身の次女:京子(香川京子)ただ一人という状況です(父と同じ地方公務員ですが、これとて、必ずしも「家業」を継いだというわけではありません。)。このように、この映画の人物設定は、「地方から都市への労働力人口の移動」という、近代日本における都市化を忠実に反映しています。

次に、「産業化」も「個人の析出」の一大契機であるところ、この映画に即して言うと、「産業化」の意味するものは、「家業」「家職」(要するに「イエ」)からの断絶にほかなりません。4人の子供たちが尾道を離れ東京又は大阪に向かったのは、おそらく地元では仕事が見つからないと考えたからでしょうが、これによって4人は、「家業」「家職」と訣別する一方で、都市における就職という問題に直面します(なお、この映画の場合、周吉が元地方公務員であることから、そもそも承継されるべき「家業」「家職」はないという見方も出来るでしょう。但し、そうであっても、「イエ」(例えば地元での職業全般)からの断絶(つまり「脱藩」)は避けられません。)。ここでの選択肢は、差し当たり、自営業者(幸一と志げ)か、あるいは労働者(昌二と敬三)か、の2つということになります。ちなみに、幸一と志げにおける「職住一致」(幸一の医院では患者と家族が同じ出入口を使用し、志げの美容院に至っては、店舗を上がればそこは茶の間兼寝室という構造です。)は、かつての「家業」「家職」の戦後バージョンとも言えるでしょう。