明らかに太りすぎで運動神経の劣るゴーマー・パイルは、皆の足手まといとなってしまい、ハートマン軍曹による攻撃のターゲットとされます(この一連のシーンは、「ブラック企業」におけるパワハラに似ています。)。他方において、厳しい訓練の過程で「皆は一人のために、一人は皆のために」の原理が徐々に浸透し、とりわけジョーカーとの間には厚い友情が芽生え、ゴーマー・パイルは徐々に訓練に順応していきます。
ところが、その矢先、彼がトランクの中に隠したドーナツがハートマン軍曹に見つかってしまい、この規律(ユニフォーム)違反行為に対する罰として、ゴーマー・パイルではなく、それ以外の隊員全員が「連帯責任」を負って腕立て伏せをするよう命じられます。これは、「皆は一人のために」の原理の当然の帰結です。
このことに恨みを抱いた他の隊員たちは、夜間、ゴーマー・パイルにリンチを行いますが、これには、なんと親友であるはずのジョーカーまで加わります。ゴーマー・パイルにとって、これが衝撃的な出来事であったことは明白です。ジョーカーを含む仲間たちの裏切り行為、つまり「皆は一人のために、一人は皆のために」の原理の崩壊がおそらく決定的な契機となって、ゴーマー・パイルは精神に変調を来します。
そしてついに、ゴーマー・パイルは、訓練所卒業前夜、寄宿舎のトイレで、武器庫から持ち出したM14自動小銃でハートマン軍曹を射殺した後、自身も銃口を口にくわえて引き金を引き、“フルメタル・ジャケット”を脳天に撃ち込んで自殺します。結局、ゴーマー・パイルに限って言えば、イニシエーションは失敗に終わったのでした。
このような、人を狂気に陥れる危険をはらむイニシエーションは、海兵隊以外の軍隊でも行われているわけで、海兵隊特有の儀礼というわけではないのですが、イニシエーションの有効性という観点からすれば、おそらく、海兵隊は世界最強の軍隊であると思われます。そして、その理由について、第一部の末尾近くでハートマン軍曹が語っています。